キャプテン クックって誰だか分かんない
「せっかくのオーストラリア旅行なんだから、寝てちゃもったいないわよ」
オーストラリア東部との時差は1時間だったと思うが、シンガポールを経由した長旅であった。しかも、タスマニア島、キャンベラ、メルボルン、シドニーと日本の反対側。季節は日本の逆で真冬。メルボルンでは疲れが出て、パッケージツアの市内観光のバスの中で寝てしまっていた。親切な女性に声を掛けてもらい目覚めると、バスは記念館といった感じの建物のある公園に入って行った。
日本人女性ガイドがキャプテン クックの家だと言っていた。2階に上がるとそこは寝室。小さめのベッドか置いてあって、当時のイギリス人は今ほど大きくなかったことが、このベッドからも分かりますといったような説明をしていた。旦那が日本の商社に勤務する日本人駐在員の奥さんだとか。
ボンヤリ聞いていたが、私の中には大きな疑問が渦巻いていた。キャプテン クックって誰?誰だか分からない!!!ガイドからは、何の説明もない。寝ていて聞き漏らしたか?誰でも知ってるような当たり前すぎることなのか?
彼はイングランドに対して、オーストラリアを発見した
今更、キャプテン クックって誰などとガイドさんに聞くわけにもいかず、バスの運転手に訊くことにした。えんじ色のジャケットにネクタイをした初老で温厚そうな紳士であった。
「He discovered Australia for England」と、極めて簡潔かつ明瞭な答えで、キャプテン クックが、オーストラリアをイングランドに対して発見したということを教えてくれた。私が感銘を受けたのが、”for England”という2語。
あなたは日本の教科書で「1492年、コロンブスがアメリカ大陸を発見した」という事を学校で習ったときに何か違和感を覚えませんでしたか?アメリカには、ヨーロッパ人が訪れる何千年も前から先住民が住んでいます。さらに、10世紀末にノルマン人が北アメリカまで航海してたというような記録もあるといいます。
では、コロンブスの偉業は大したことはないのでしょうか?ポイントはfor Europe。つまり、当時のヨーロッパに対して、アメリカ大陸を発見。これがヨーロッパからの移住に繋がり、アメリカが発展するという歴史の大変革になったという意味でコロンブスやキャプテン クックの偉業は評価されるべきです。それがfor Europeやfor Englandです。
運転手という仕事をされていたが、元は大学教授か何かだったのかな?ひたすら感心したのを覚えています。
個人の教養でなく、英語という言葉の持つ論理性の効果ではないのか?
観光旅行のバスの運転手さんの簡潔かつ明確な表現に感銘を受けた38年前の私ですが、その後、英語を学ぶにつれて、少し考えを変えていきます。
言語におけるテンプレートというか標準構文というようなものによる効果です。
英語の場合、主語 + discover +目的語 + for 〇〇というのは標準的な構文です。何かを発見したという時には、「誰に」まで明確にするのが普通です。英語には曖昧さを嫌う特性があります。従って、He discovered Australiaで文章をストンと終わらせると極めて尻切れとんぼのような落ち着きのない状態となり、半分に切ったゆで卵を黄身だけ食べて白身は残すというようなもの。自然にfor 〇〇といった言葉を繋げたくなってしまうということです。一方、日本語の場合は、コロンブスはアメリカ大陸を発見した。で私のような人間は皆、ふーんと落ち着くのではないでしょうか?
バスの運転手さんの教養ももちろんあったと思いますが、その一部は英語の言語的な特性に起因しているのではないでしょうか?
多言語社会が進化を加速する
コンピュータの世界では、インプット聞く読む→ CPU考える→ アウトプット話す書く、といった感じでもの事を処理しており、人間も同じと私は思っていました。
しかし今は、アウトプットする方法により、考えそのものも少なからず影響を受けると思うようになりました。
for Englandもその一つです。さらに、多くの作家が言ってるのが、文章を考えてから書くのではなく、書きながら考えるとのこと。どんなストーリーになるのか自分でも分からなくて書いていくのが楽しみです、などとコメントしていた小説家もおられる。
話を英語に戻すと、考えをまとめる時に、日本語を使うのと英語を使うのでは、中身が変わってしまうのではないでしょうか?
日本語の当たり障りのない文章を英訳しようとすると、意味をなさない英文となってしまい伝えるべき内容を一から再考せざるを得ないこともあります。
ここでは、英語の利点を上げておりますが、英語では表しにくい曖昧さなど日本語には日本語なりの特性や文化もあり、これはこれで育てていくべきです。
大切だと思うのは、今後コンピュータやツールにより翻訳機能がどんどんと進化していくでしょうが、その便利さを活用しながらも、多言語や多文化を使う脳トレはますます重要になるのではないでしょうか?
アメリカの教育システムは非常に優れていると思うものの、移民の流れをくむ人たちが多く活躍していることもそういう効果がある所以なのかもしれないと思っています。
たとえば、現在のアメリカで初めて時価総額1兆ドルを超えたアップルとアマゾンの2社の創業者が、非英語圏のシリア人の子供であったり、英語に苦労したキューバ移民に育てられたりしたということもそういう効果の証しではないでしょうか。